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盛岡市
県央エリア
宮沢賢治が大正6年より盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)在学中に、弟清六や従兄と大沢川原一丁目の玉井家に下宿していた当時使用していた共同井戸。現在も自由に利用できる。
東楽寺 木造十一面観音立像
東楽寺に姫神山麓に祀られていた十一面観音像等九体の平安仏が保存されている。岩手県文化財に指定され、十一面観音像として東北有数の仏像と称されている。
岩手県立博物館
岩手山と姫神山を望む四十四田ダム湖畔の高台に建つ博物館。大型恐竜化石マメンキサウルスの大型復元全身骨格をはじめ、化石・岩石、考古、歴史、民俗、動植物などの資料を多数展示しています。野外には植物園、岩石園があり、中でも岩泉町と奥州市江刺区から昭和55年に移築された「旧佐々木家住宅(曲り家)」・「旧藤野家住宅(直屋)」は、いずれも国の重要文化財に指定されています。
久慈次郎
青森県に生まれ幼少期を盛岡市で過ごした久慈次郎は、盛岡中学野球部に誘われて捕手となる。早稲田大学入学後も野球部で活躍し、卒業後は実業団チーム函館オーシャン倶楽部に加わった。昭和9年に開催された日米野球大会にてアメリカ選抜チームのベーブ・ルースら一行と対戦し、捕手として沢村栄治投手を好リードした。昭和14年、送球を頭部に受けて死去。今も都市対抗野球では敢闘賞として久慈賞が設けられている。